昭和56年12月16日 報徳祭(初代親先生御教話)
                                   秋山誠治                                       



みなさん、お目出とうございます。
私が日夜、一生懸命お話をいたしております事は、私がおかげを受けておる。こう言うおかげを皆さんも受けて下さったら、どんなにか有り難い事になって来るだろうかと思いますから、私がおかげを受けておる事を聞いて頂いておるのです。だから、お話しが上手とか、お話しばかりしても、助かっていなかったり・・問題は、私自信がおかげを頂いておる。こう言うのが助かっておるのであろうかと自分の心に思うたり、または、こう言う心が、いわゆる、我心に合掌出来る時であろうかと、そう言う思う心を私の縁のある人の、一人一人に伝えて聞いてもろうて、そして、まー、勿論、私よりも以上に伝えてもらいたいんですけれども、私が頂いておるおかげでも、皆さんに頂いて欲しいなーと言う、そのやむにやまれん切実心が私の話なのです。だから、けしてみなさんの方がよい話が出来たり、よい内容を持っておったり、詳しい事やら、色んな、ま、学問的な事なら、なおさら、みなさんの方がおそらく上手にお話が出来るだろうと思いますけれども、これは、私がおかげを受けておること、しかも、皆さんにも、そう言う、おかげを頂いて貰ったら良かろうと思う切実心が私のこのような話になるのでございますから、皆さんも、そのつもりでお聞き下さらんと私の思うておる事が、ほんなこつであるとか、ね、又、あそこはあーではないと言う風に成って来るんです。私がおかげを受けておる事を聞いて頂きたい。そして、皆さんもおかげを受けてもらいたい。そして、自分の心の中におかげを頂いて、情けない思いをしたり、腹立ちをしたり、、惜しい、欲しい、憎い、可愛いが段々無くなって行っておる私の姿、心を皆さんに見てもらったり、聞いてもらったり、勿論、形に現れて来るおかげは皆さんが見ておって下さる訳でございます。先だってから、親教会の75年の記念お祭りがございました。合楽から、沢山のご参拝を頂きましたが、あん時に御直会にご本を頂きましたですね。皆さん、ご本は頂きましたでしょう?けど、あの中に私の写真が2枚ある。2枚と言うか、あの大きな方に今日の私の写真やら、お教会とともにある。私がまぁ10歳位であろうと思う位の昔、子供会と言うておった時分の写真がもう虫眼鏡で見なければ分からないようにして出ていますね。そして、私はあれを見て思うんですね。ちょうど、あの善導寺の総代をしておられる岸先生がお話しを立ってしておられます。私共、私は一番端の方で半分は切れとるごたる所に座ってお話を聞いておるんです。あの自分の事を覚えているんですけれどもね。あの時分からね。私は神様に心を向けておったなと思います。あのご本の中にも私が大阪でお話しいたしましたその一節が出ております。ね、岸先生が16、7でもあられたでしょうか?私が10歳位でしたでしょうか?まぁ、あの写真から見るとそんな様な感じですね。親先生が学院から帰って見えたばっかり、そんな感じでした。時に親先生に向かって岸先生が表の玄関の入口の階段の所に腰掛けて二人で一生懸命信心話をしておられる。その信心話の中に「先生、もう、沢山信者を作ってもらう事は入りません。一人でいいから本当の信者、真の信者を作ってください」と言う話しを先生がしておられるのを私が側に立っておって聞いた。すぐ、そこの、元はお手洗い。あの写真に出ているお手洗いはその後の手洗いです。以前は、もう、ほんの玄関の入口のすぐ側にこうございました。手洗いの側に立っておったらその話が耳に入って来た時に私がね。本当に思ったんです。やっぱり覚えているんです。「その本当の信者に私がなろう」と思うたんです。一人でよかっじゃから、私が一人本当の信者になろうとこう思うた。勿論、其の事に心を掛けて今日まで来たと言う事ではございません。もう、途中では、それこそ、忘れておるような事があったでしょうけれども、其の時、私はもう、訳も分らん銘情しがたい感動が湧いてまいりましてね。もう、涙がこぼれて、涙がこぼれて仕方が無いんです。御礼すら出るくらいあるです。可笑しかったから、すぐ横の中庭、所にみかん畑が御座います。その中に入って泣いた事を今でも記憶していますと言う話が、あのご本の一節に出ています。皆さんもご覧になったでしょうね。だから、そう言う、私がなら、これはまぁー、宗教的な一つの情操というか、その、私が実感した。神様やら仏様を実感すると言うような、その事柄がね。そのまま、おそらく、あれが天地に繋がったんだろう。あれが天地に通ったんだろうと思うんです。私が真に信心、その一人に私がなろうと思うた途端に天地が感動ましましたんじゃなかろうかね。しかもね。まーだ、10才、年端もいかない子供が、私がその真の信者に一人で良いと言われる、その一人の信者になろうと思うた。思うた途端感動が湧いて来た。今にして思えば、あれが天地の感動であっただろうかと、まぁー、思わせて頂きます。それから、まぁー、言うならば、段々無茶な、それこそ、苦茶な生活をしておりました。けれども、ね、神様はその時の事をちゃ―んと聞き覚えておって下さったんだろう。だから、段々、こう、一時は、こう、放任しておられたけれどもね。神様が、いわば、何十年前には、こう言う事をお前は、心の中に思うたり、感じたりした事があったじゃないか?というのが、私は丁度終戦、そして、言うなら、裸で引き揚げてこなければならないような、時分になって神様がひとつひとつ、こう、ね、念を押して下さるようにね。今でも、やはり、その本当の信心を頂きたいか?今でも本当のものを身に付けたいと思うか?その頃、そう言う風に思わなかったけれども、とにかく、引き揚げて帰りましたら、もう、目も当てられんような状態が、当時の私の状態でした。もう、それこそ、食べるに食ない。住まうに、私共は福岡におったから、家が無い。住まいが無いと言った様な状態の中でした。私は、親に孝行したい。親に喜んで貰いたいと言う一念は誰よりも強かったように思います。帰ってまいりましてから、もう、そう言う、目も当てられない状態の中にあっても、いよいよ、本当にね。何の為に北支辺りまでも働きに出て、親に少しでも楽にしてもらおうと言う気持ちで行ったのが、反対に裸で帰って来て食べる事から、親のお世話にならなければ成らない。そう言う時に、神様、私はね。もう、本当に、只、親に安心してもらいたい、喜んでもらいたいと言う一念はいよいよ募るばかりでした。そして、始めて、いわば、子供の時に私が感じた、今までの何十年の信心は、お願いをするおかげを頂く、北京辺りからでも、もう、困ったことがあると、三井教会ですからね。に、電報を打ちます。もう、打つ時にはおかげを受けると言う風に新たかな、いわば、おかげを受けておったんですけれども、そう言うおかげの何十年間であった。けれども、神様のあらたかな事は分っておったけれども、今までの信心は本当なものではなかったと言う事が分かったんです。ね、本当のものではなかった証拠に、言うならば、今のこの状態ではないか、そこで、神様、私がこの親に孝行したいばっかりのが今日のような状態では出来ませんから、もう、親が亡くなりましたら、神様、翌日、又、貧乏になってよいから、金も儲からせて下さい。商売も繁盛させて下さいという様な信心でした。その時分からちぃーと本当な事になって来たようです。私は金光様のご信心はやむにやまれん思いで親に孝行したい。切実心を持って、親に安心してもらいたいと言う所から始まるように思うんです。そして、今度は本当の信心を、本当の信心をと、こう、目指すようになったように思います。今までと言うならば、お参りの仕方も、お話の頂き方も、変わって来ました。ね、段々おかげを頂いて来て、これは肉親の親というけれども、これはね。親の上にはもう一つの親がある。又、親があり、又、親がありと言うように、分って来たように思います。
言うならば、本当の信心と言うか、眞の信心が、いよいよエスカレートして行った。そして、今日、私が、どうでも、この親に、いわば、天地金乃神様のお心をお心として、私が助かっておるような心の状態の人が私の周辺に沢山出来て、それが日本国だけではない。教祖金光大神のお言葉にあるように、世界を包みまわす程しのおかげにも成らせて頂きたいという願いが今は切である。
それはね。どう言う事から私がそう言う、まぁー、途方も無い事を考え出したかと申しますとね。教祖の神様のみ教えの中に、天地、この方の祈る所、天地金乃神と一心とか、同根とかと仰せられるお言葉があります。これは、勿論、教祖金光大神様の専売特許のように思うておったけれども、そうでは無い事がこの頃分りだしました。ね、言うならば、その当時から続けてまいりました信心が、ま、結局、ま、それこそ、親に孝行したいばっかりで、あらゆる行もしてみた。所が、ね、おかげにならなかった。ね、そこで、そう言う修行を止めてこれからは私の上に起こって来る一切の事柄を、これを黙って受ける事を修行としょうと言う風に気付きだした所からが、本当の事になって来た。いわゆる、眞の信心の入り口とは、この辺からだったように思うです。そして、段々分れば分かる程、起きて来る全ての事柄に御事柄としての受け方が出来るようになって来た。なぜかと言うと、その事柄そのものが天地の親神様の働きであり、しかも、私、大坪総一郎に願われる働きなのだという事が分かって来たんです。どんなに腹が立つ問題でも、悲しい思いをする色んな問題がある。兄弟3人の葬式をせんならんようなことも続きましたけれどもね。それが、神様が私に求めたもう修行であると段々分かって来た時に、いわゆる、それこそ、血の涙の出るような思いをするような時であってもおかげを頂いて参りました。まぁ、色々ありましたね。ここで13日会が出来ます。もう、この13日会は、それこそ、放っておっても大きくなって参ります。2、3日前が13日会でしたが、もう、本当に月々13日会は、それこそ、世界の13日会になって行くだろうと思われるような感を徹しております。そして、皆さんが、いわゆる、1日を御用に、または、信心の研修に励まれます。その励んで行かれるその様子と言うものを、まぁ、毎月4,5名の方達の話を聞くんですけれども、もう、只、あの只驚きです。どうしてあいう信心に進んで行けれるだろうかと思う位である。所が、私が申しておりますように、これは本当にです。私がおかげを頂いておる、私のおかげを皆さんにも頂いてもらいたいという切実心が様々な形の変わった話になっておる。しかも、その話しが、私の心が、言うなら、成り行きを尊ぶ、大切にする、も、土の心でと言ったような信心をさせて頂いているうちに、はぁー、これが天の心だな。これが地の心だな。そこを日月の心を持って行じて行っておりましたら、神様から天地人一如と言うみ教えを頂きました。ね、だから、神様がね、言うならば、私が思よる事は神様が思よるござる。神様が思よるござる事はこちらえ映る。え、言うなら、同じである。そんな感じですね。浸らして頂く事がこの頃しばしばです。だから、お道の信心によって、いわば、天地書附が芯ですから、ね、生神金光大神、天地金乃神、一心に願えおかげは和賀心にありと、だから、おかげは和賀心にありと仰せられるのですから、その和賀心になる事の精進、手立てがあのみ教えだと思う。教祖様の教典なんです。も、全てが、和賀心になる事の為の教えだと言う風に頂いてもいいでしょう。そう言う、言うならば、和賀心、その和らぎ、喜ぶ心を持ってでなからなければ、天地の中に入っていけない。天地人一如に世界と言う事になってこない。これは、本当は天地の親神様が総人間氏子に掛けられる願いはそこにあるようにあります。それを教祖は、まぁ、かるくね。あいよかけよと言った様な言葉で表現しておられます。あいよかけよで立ち行く。そんな事を言うて来た神様が仏様が今までかってあっただろうか?神様は偉い所に御座って、氏子が下の方におってから、どうぞ、どうぞと言よるが、神様であったり、仏様であったりではないけれども、教祖金光大神が受けられた信心の、言うなら、それこそ開闢以来とか、前代未聞とか言う言葉を持って私が申しますのはですね。そう言う所にもあるのです。神様が氏子とあいよかけよでね。行こうじゃないかとか、それをいうならば、これが天の心であろうか、これが地の心であろうか、と言うような心を極めて行っておりましたら、その神様とあいよかけよと言う事よりも、神様と合楽しあえる世界が開けて来たように思うんですね。神様と一緒に溶け合い、溶け込んで行く世界なんです。ね、だから、神様が願っておられるのは、人間を合楽し合いたいね。教団でも、今、いたふだく信心から生み出す信心と言うような事を申しますけれども、みんな、やっぱ頂く信心ばっかりのような、生みなすと言うのは、やはり、天と地との、言うならば、交流から合楽する世界から生み成されて来るものであって、始めて、生み成されるおかげと言う事が言えるのじゃないでしょうか?
世界中に和賀心時代を、世界の隅々まで和賀心時代を広げて行きたい。それには、内容として13日会の精神を分らなければいけない。放生会の精神を分らなければいけない。このいうなら、3つが、みなさんに、私が、頂いて、人に伝えていけば、必ず伝わると言う風に思うんです。まぁ、相手が頂こうと言う気があればです。十三日会、十三日と言う日は神の願いが成就する日と私は頂いております。けれども、または、13日は世界の悪日というような人すれがある位ですかれども、悪日所ではない。も、神愛の日であるとして頂いておる。ね、合楽の方達は、も、13と言う名が付いただけでおかげ頂いたと言うでしょう。また、おかげ頂いているです。悪日所ではない。もう、最高の日、放生会というのは、私共が、いうならば、様々なお粗末御無礼と思っておった中にお粗末でもなければ、ご無礼でもない事をお粗末と思うたり、ご無礼と思うたり、ね、誤った考え方をいたしております。よし、ほんなら、そこに、お粗末ご無礼と気付いたら詫びれば許してやりたいのが親心、これが、合楽で言われる放生会の信心。あれは仏教から来た言葉ですね。いわゆる、生き物を放生するという風に、神様もそうです。神様も、言うならば、許してやりたいのが親心なんです。許してやりたい。だからね。本気で詫びる。どうも、すんまっせん。どうも、すんまっせん。と同じ事ばかり繰り返しとっちゃつまらん。本気で心から詫びれば、たとえ、ほんならば、私は分からんけれども因縁とか罪とかあるにしましても、本気で詫びる姿、ほんとに、氏子が詫びたと言う事が分かれば神様はおかげを下さる。ね、神様は下さろうとして答えである神様。だから、どうしても13日会の放生会の精神が分からせてもろうて、例えば、月の13日ともなったら、家族中のものが今日は、まぁ、世界中の人がですよ、今日は13日でね、神様の願いが成就するに日なんだ。又、どういうお粗末ご無礼があっても詫びれば許して下さる事の出来る日なんだ。今日は、まぁ、皆でね。お仕事を、例えば、休みにしてでも、お教会に参拝させてもろうて有難い話しを頂こう、御用でもさせて頂こう、と言うて、言うだけではなく本当に許される。本当に神様の願いが私共の上にひとつ、ひとつ成就して行く事になったら、もう、この世では仕方がないのだと観念しておる人でも、合楽の話を聞いたら私は助かると思う。先だってから、御本部からの帰り金光から福山まで送ってもらったんですけれども、中で、若先生が色々とお話しをいたします。今度、金光青年と言う毎月出ております。立派なご本があります中に、合楽を3回4回に分けて記事を採りたいと、記事をを採りに来ました。それで、第一回目が非常に評判がよかった。2回目のを私聞かせて頂きましたら、私の方の4人の子供達が、その編集をなさる方達を囲んで対談しておる。それが、この度の記事になっておるんです。それを聞かせてもらよったけれども、私自身聞いておっても、もう、そんくらいで止めとかんのと言うような感じがするけれども、まぁ、内の事を書いてある記事であるから、最後まで聞きましたけれどもね。確かにね。その所々に熱い光のようなものを感じるんです。言うならば、四人に子供が、其々の立場で其々に合楽の信心を、また、親の信心を語っておるのです。それでも、今度のはもう、記事は、本当に失敗したという風に思うておりましたし、で、あの、ちょうど、本部のほうへ、その金光の編集をする河部という方が尋ねて来ました。そして、その話を、まぁ、子供達と一緒にしたそうです。私は、参加しませんでしたけれども、したそうですが、こんだ、大坪先生、非常に評判が良かったですよち、何処が評判がよかったですか?と、これは、言うならば、まぁ、指揮者の中では評判が良かった。たとえば、今、教会で、四人の息子が居って四人共、親の信心に傾倒して居るというような所はまずないでしょう。一人は真面目ばってん、一人は、不真面目、言うても付いて来んと言うのが多いのに、まぁ、合楽の場合は、四人が合楽の信心を語り、合楽の信心を語り、しかも、其々が、士農工商の立場に立って話しておる。と言うのが、非常に評判が良いですよと、何がおかげになるやらわからんのと言うた事でしたけれども、ね。そんな事でした。その事を車の中で色々と話しております中にです。最近親鸞上人様のご本を、まぁ、読ませて頂いておる。中々、生涯を、言うなら、求めに求められた御方でしたね。仏教をいよいよ極めようとなさった。そして、今まで私共聞いて、今までの宗教者が、いうならば、ビックリするような表現をなさったりした。ご自身としても、また、妻帯をなさったり、言うならば、お妾さんも作られたりもなさったそうです。やはり、それはね。やっぱ、晩年にその自分が亡くなったら、この女の、この人達を頼むと言ったような、頼みの手紙を出しておられるような、手紙が残っておるそうです。ですから、あの親鸞上人様は、あの、もう、名僧で、偉い御坊さんばっかりの列伝の中にあった。これは、…ない。妻帯したからだ。女を持ったからだ。と言うのが理由ですけれども、それでいて、なら、九十何才までも、大変な一つの悩みを持って亡くなれたものである。お金にも不自由されたらしい。子供達は、其々に、言うならば、反発をして言う事を聞かなかった。と言うような中にあって、信心を求めに求めて行かれた上人様がです。私は、
皆さん方に話を聞いてもらいながら、今、思いました。もし、その親鸞上人様が、その当時、合楽理念を聞かれたら、それだけの、いうならば、信心が出来ておられる中で、一変で、言うならば、助かられる事が出来ただろう。この世で極楽に行かれる事が出来ただろう。と言って、まぁ、話した事でしたけれども、私は、合楽理念はそう言う内容を持っておるものだと思うです。いや、教祖の信心の中には、そう言う内容があると言う事なんです。ですからね。本当に、言うなら、合楽理念を持ってすると、どうしても、いわば、天の心、地の心、日月の心と言うような信心が芯になって来ますから、そう言う修行をしなければ成りませんけれども、それとても、火や水の行ではない。人間が生身を持つとって出来んという事ではない。これは、教祖のご神誡を皆さんが先程、開かれたでしょうが。そのご神誡の一か条だって、はー、それは出来んと言うのは無いでしょうが、只、その気にならんだけの事なんだ。ですから、問題は、その気になって、いうならば、皆さんが行じて下さる。そして、皆さんがお陰を頂いて下さる。今日もお参りになっとると思いますけれども、ね。高鍋の高橋さんと言う方が、呉服の行商をなさっておられる。もう、10日前位から、何回も電話が掛かって来て、この年末は、とても越せそうに無い。金銭のお繰り合わせを頂かなければ、お商売の上にお繰り合わせがなければという。何回もお届けを聞かせて頂いておりましたけれども、中々お陰頂かれない。所が、昨日、お電話を頂きましてね。「お陰頂きました。」という電話であった。それは、よかったですね。それが、もう、親先生、「あなたの言われる事を聞かなければお陰に成りません」とこう言われる。どういう事を聞きましたか?とこう言うたら、も、とに角、自分が嫌だとか、嫌いだと言う。その、これは、人でもそうです。もぅ、あの男とはもの(口)でん言よごつなか、と言うごたる、そう言う好かんもの、嫌いなものを一つ本気で大事にしなさいよ、もう、自分の周囲には、嫌いなものが無くなるほどしに、一つ、その事に取り組みなさいよと、中々性格的に出来なかった。けれども、やはり、背に腹は変えられん。本気で、言うならば、もう、一つあったんです。あてが、もう、本当、顔を見ろごつなかつが、それをね。本気で好きになる心を一生懸命、神様にお願いをさせて頂いて御付き合いをする様にした。ところがです。昨日の電話の模様では、その人がね。その沢山な商いのお世話をして下さった。それで、おかげで今年はもう楽々過す事が出来ます。この模様で御座いますと正月も楽々ですとこう言うのです。そう言うお礼のお電話でした。
一昨日でしたね。教えをね。本気で身に付ける。昨日もそうでした。柳井からお参りをして来た始めての青年の方が、もう四年越しに付合っておる女性の方がある。いよいよ結婚、お互いしても良いという事になったのに、周囲で大変な反対が起こってと言うのが、まぁ、悩みの種での昨日のお参りで昨日御話を頂いて、まぁ、泊って今、御大祭を頂いておられます。けれども、やっぱり結婚をね。周囲の祝福がなからなければいけない。祝福があるのを受けての結婚でなければ本当の幸せになれない。だからね。もう、その親達がわからん。周囲の者が分らんばっかりいいよるばってん、あんた達2人が分らん所が有りゃせんかと私が・・というて、ちょうどその方の前に伊万里の竹内のお母さんがお礼お届けしておられた人の話をさせて頂いた。伊万里に毎朝、朝参りをして見えられる森さんと言う幼稚園の先生があるそうです。その幼稚園の先生の教え子になるおばあちゃんというのが、その森先生の所に訪ねて来た。あーた、この頃毎朝金光様にお参りしよんなさるがお話を聞きに来た。と言うのは、もう、私方の嫁ごは、とにかく、大臣、もう、何が気に入らんか知らんけれども、ものも言わん雰囲気が家庭の中でも、それこそ、何かこう睨みおうたような雰囲気で、もう、こんなに苦しい事は無いと言うのである。それで、森先生が言われたそうです。そげん時にはですね。私共、信心させて頂くと、まず、自分の心を見極めよと仰る。自分の心を見ていると、はぁー、あの人じゃなかった。嫁ごじぁなかった。自分の方がこげな根性の悪い根性やら、良くない心を持っておったんだと分らせて頂くもんですよと言うてそれだけ話した。したら、ほんにそれもそうですなーと真から、それが分られたどうか知らんけれども、とにかく、嫁だけが悪かったんじゃなかった。自分も悪かった。自分も悪かったで帰られたら、もう、それこそ、今までかってない。嫁さんが手の平を返すよう変っておったと言うのである。もう、早速、竹内先生の所に御礼、御初穂持ってお礼に見えて、そのお礼のお届けを、その、されました後に、今の伊万里の方から参って来た青年方が、そのお届けでした。ですからね。結局、自分の心が変わると言う事。その精進をしなければ成らない。自分の心はいつまでも同じと言う事ではなくてね。本気で眞の信心を目指してもらう。そも眞の信心に邪魔になるものがあるなら、取り除かして行こうと言う精進がなされなきゃ、私はその話しを、昨日も、婦人会でしたからこの前夜祭の後に皆さんに聞いてもらった。今朝からも聞いてもらった。そして皆さんにお話ししておるんですけれどもね。ある一つは、日田の方です。勿論、参って来ておるでしょ。高野さん、この頃、ちょっと商売が不振になった。それで、家族で話し合って、もう、これから先はけして人の悪口を言うなと仰るから、人の悪口はいいますまいや、と言うて話し合った。その頃から、またお商売が元に戻って来たという、たった一口のお陰話でしたけれども発表されました。ですから、只、商売が不振ですから商売が繁盛しますようにと言うて繁盛したんではなくて、もう、本気で神様に喜んで頂くと言うか、み教えに本気で行じて取り組んで、そして、お陰になるというので無からなければお徳にはならん。今朝方からの御理解なんですね。その話しを昨日させて頂いておりましたら、秋永の文男先生が、昨日の司会をしました。で、その頂いたと言う事がどう言う事かと言うと、ちょうどニワトリがね。あの卵を温めておると言うような様子を頂いた。ハァー、私はそれを聞いておもうたです。皆さんもご承知でしょうけれども、もう、文男先生が合楽にご縁を頂いて30年にもなりましょうか、とに角、30年間まーだ腹を立てたことがないち言うです。それりゃーあるくさいね。けれども、さぁー、そこは、神様にお誓いしとるから、もう30年腹を立てん、ジーとこうやって、まぁ、卵をうだきにうだいておる。それが飼い割れる。またね。所が、お互いの場合はです。そんなら、今申しますように、只、心をちょっと変えればおかげになるけど、それには、一つ本当に自分のものに血に、肉になってしまわなければ、やっぱ、駄目なんです。ね。それは、丁度、そのこつ合いというか、鶏が玉子を抱いて飼いわらかすような、それに年中立ち上がってばっかりおるもんだから、・・、私、今日、丁度、御祈念の時に、あのよその先生方がずーと並んで居られましたから、先生方に聞いてもらった。は、そうばの、ご結界でも年中立ち上がってばっかり居る所じゃ助からんばいのと、私が言いましたね。それこそ、根が生えたように、それこそ、玉子を温めるような心持ちで信心はさせてもらわなければならん。教えは小さい教えでも良いから、それをね。本気に徹底して自分の血に肉にしてしまわなければいけない。お話を頂いてなる程と合点した。そして、それを自分が守ったり、守らなかったり、これではいつまで経ってもおかげにならんね。それこそ、鶏が玉子を抱いて温めるような、言うならば、要領というか、その位な、も、とにかく温めて居る時他の者が寄り付いてでも来たら小突いて周囲を払う様に、その位な気持ちが教えを守るという上には要るのではないでしょうか?温めかかっとるとば、もう立ち上がって、また、やんなおし、やんなおしで堂々回りの信心をさせて頂いている事は無いだろうか?そう言う、例えば信心をする。これは、断片的なお話ですけれども、まぁ、合楽で言われる合楽理念、その芯になる天の心、地の心、ここは日月の心でと言ったようなものが身に付いてくる事によってです。ね・・ね。今日の御理解でいくなら誰でもご神徳を受ける事が出来る。そして、これが天地人一如の世界であろうか、と思われるような心の状態が開けてくる。なる程、天地人一如の世界に住んでいる証に、事が成就して来る。なる程、天地がバックと思われるようなお繰り合わせを頂けれる。人間の幸せの条件が足ろうて来る。そう言う心をね。いよいよ育てて行く。いよいよ大きくして行く。何十年信心しとっても、ただ、日参が続いたとか、ご用が出来るような事でお徳は受けられん。誰でも受けられると言うけれども、お徳と言うのは教えを行ずる他にない。そこで、ほんなら、教えを行じたいと思うけれども、どう言うような風にして行じるか、または、教えの広さ、深さと言うものが分ってないから、行じようにも行じようが無いと言うのが、私は現在の信心者の方達の様子じゃないだろうかと思う。なら、和賀心と言うてもです。どう言う心の状態、修行させて頂いたら和賀心に成れるかという。和賀心になる。自分がおかげを頂く。その心が天地の一緒に、天地と交流するような大きな信心が出来てくるようになる。昨日、昨日一昨日でしたでしょうか、朝の御祈念に私、途中で御理解が切れました。と言うのが、こう、何を話して良いやら分らんような、して、神様にお願いさせて頂いたら、あ、こう言うような様子を頂いた。片手をですね。こちらでみなさんこうしてごらんなさい。下の方で(上でするこつはいらんけん)下のほうでね。これがね。その親の信心、子の信心と言う事じゃろうけれども、これだけではね。おかげは頂かれん。人差し指が、たかたか指が、薬指が、みんな出た時に初めて物を掴む事が出来るというお知らせで有りお話であった。「ひと」と言うのは人がなんと言うてもという風に私は頂いた。「たかたか」と言うのは、言うなら、本心の玉、、信心の芯であるとこう思うた。芯が出なければだめ。その時には観念と言う事、とに角、観念を捨てなければ駄目だと言う意味の事を話しておりましたから、この薬、薬が例えば、効くてんなんてんなんかの観念を先ず捨てなきゃ、はぁー、あの薬は効くばのと言うと、神様のおかげが薄くなって来る。わたしゃ、そうじゃないです。薬は毒です。絶対毒です。だから、神様は薬は毒だと仰せられますから、毒でもです、なら変じて薬になる事があるから、いや、又、なるから、どうぞ神様、祈れ薬れと仰るのはその事だろうと思うです。ね、毒やく変じて薬になりますようにという祈りを持って頂けと、こう、だから、薬が効くとか、と言ったような観念はまず捨てる。熱がある。すぐ体温計で測ってみる。はぁー、これは何度もあるばの、と言うて、やっぱり毎日落ち着かない。今日、上滝さんがそこに居られますが、上滝さんに頂いた御理解でした。だから、上滝さん、もう、その、体温計てんなんてんな、おかげ・・ばいつまででんしよちゃった、おかげにならんばいと、私は言いました。可愛い孫が毎朝熱が出るわけです。それで、そこに先生が言われると通りと思うたらどう言う事じゃったか、その体温計が応接台の淵で割れてしまった時に、はぁー、神様がもう取上げなさったとこう思うた。その後も熱が有る様であったけれども、僕は今日から学校に行くち言う、それから今日まで続いている。だから、観念をね。取らなければいけない。神様のおかげを十分に頂こうと思えば、言うなら、ままよの心になれよと仰る様に観念を取る。それがこの薬指の事だと、こう、これを取る。芯を起こす。人がなんと言うても、これだけ皆さんが立っとる。出来取る。親と子、神様と、まぁー子供(氏子)ですから、その為には、どうしても、たかたか指、ひと、ひと、人前とか、人間心やらと言うものを取ってこの芯を育てて行こうと言う精進、ね、ま、これは薬だけの事ではないけれども、まぁ、これは薬指ですから、薬の観念をいわば取り除いてしまう。こらはもう確かにね。私の身体を、まぁ、先生方が、その、目のお医者さんも来て下さる。色々して下さるけれども、ちょうど、この2ヶ月前ですからね。あの教祖大祭の時のお説教の時には、私は、もう、きつうして、きつうして、もう、本当にきつかったんですね。そして、明くる18日の月次祭まではきつして、もう、お説教は半分位で止めて、寝るぐらいあったけれども、19日の朝、朝のご祈念に出らセて頂いた所から、なんか知らん、こう、体中に精気が出てき、おかげで以来2ヶ月間、おかげできついきついを言わんで、今日までおかげを頂いておるんです。人間の身体ちゃ、妙なもんですばい。私は、この頃お風呂に入って、繁雄さんと2人入とって寒かけん、お湯をどんどん出しょったっに、熱かお湯の下に足を持っていってますもん、そいで、えらい熱いと思っとったばってん、まぁー、熱っかった程度と思よった。所が、やっぱ、その水ぶくれしとったごたる風で、足が3本(笑)どーんなかもんじゃから、それまで、繁雄さんが一生懸命揉んじから、もう、絞んなさるですもんね、必ず足ば、そりけん、あーた、3本の指の皮が、ぐるり、剥けてしもうた。それから、矢野先生が来てから、毎日毎日治療してくれるようになったら、してくれる様になったら、段々痛となって来た。やっぱ、神経ですよ人間の、そげな火傷した時はヒラっともせん。所が、そして、あの薬を付けてもろうたり、治療してもろうたり、こう薬付けたりしょったら、もう、今もズクズクやって疼くんですよ。あー、これは神経が災いしよるなと思んですね。人間ちゃ、とに角弱いもんです。けれども、それをね。いよいよ、言うならば、強くするものは信心より他にありません。言うならば、神様を信ずると言う力以外ありません。その力を、これは又限りなく力は頂いて行かなければなりません。今朝から皆さんに申しますように、とにかくね。私が沢山、お道の信者さんを知っておる方達が、御用も出来、お参りも出来、そのおかげは頂いておるけれども、年をとって行くに従って淋しゅうなって行かれる人達を沢山知っている。ね。信心させて頂いて、それこそ、一年一年有難うなって行くとか、位がつくものじゃと言われるのに位が付いて行ってない証拠ですね。ですからね。いよいよ、私は信心させて頂くなら、一年一年有難うなっていくという元根、その土台になる所をね。いよいよ、有り難いものが募って行くばかりと言う様な信心生活にならんと、金光様の信心を頂いとるけん晩年どういうことは無いね。もうとに角、年を取るに従って心が有難う、賑やこうなって行くような、その元を一つ作っておきたい。それには、一言でもよいから、その教え、あなた方が合楽、合楽理念と言うけれども、なら、どれだけ合楽理念が身についておるか?教祖様のみ教えがどれだけ自分のものになっておるか?あれやら、これやらとお話は知っておるけれども、それこそ、文男先生ではないけれども、一言でも良いから、腹を立てんと、こう、決めたらね。それこそ、鶏が卵を抱くようにして、じーと辛抱しておる。そこから、飼い割れ生み成されて来るもの、また、限りがない。これを育てて行く限り有難うなる。ただ、それでけじゃない。言うならば、ね、あれも、これもが、いわゆる、天地日月の心が私共の生活の全般の上に頂けれ分るようになり、和賀心が、いよいよ、育って行くおかげを頂く、ね、そして、自分の心の中に合掌したいような心。これは、また、わたしが初め申しました様に、もう、本当に
、こりゃー、私がおかげを頂いておる事を、私ぐらいな信心でも、この位なおかげを受けられるのだから、みなさんもね。 みんな、このようなおかげを頂いて下さったら、ね、どんなにか、有難い、素晴らしい。そして、社会が、世の中が、そして、それが勢いを持って世界万国津々浦々に広がって行くような、和賀心時代が、十三日会が、放生会が、そう言う精神が世界中の人間氏子に伝わって行くとするならば、これこそが、天地金乃神様の願いであると言う風に思うのです。私は、親に孝行したいの一念が、段々エスカレートして行った親が、今は、その天地金乃神様のね。御心に本気で添いたいね。そう言う、私は、願いを持っております。だから、願いとか、思いが大きく育っていかなければなりません。お祝詞の中に申しますように、ね、南米ブラジルの事なんか、この頃からお初穂を送って来ましたが、沢山なお初穂の中に45名、白人、黒人、現地人の方があります。其の時、それが、そうに言葉が通じ取る、分っておるとは思いたいが、いい加減おぼえておりましょうけれども、ね、言うならば、そう言う4、50名からの横文字での、良く分らんけれども、そのまま、そこにある。あのお供えして下さいち言うてから、お届け帳にも書きませんでしたけれども、45名からのお初穂が来ています。ね、結局、祈りが、あげな大きな事といわんで、そう言う大きな祈りが祈られるようになるという事が神様の喜びではないでしょうか?先程、孫が舞をまいました。思わず知らず拍手喝采しましたが、今、幼稚園に行っとります。今、4歳ですね。ですが、教えるとあれだけの事が出来るじゃないですか。それを習うとね。み教えでもそうです。教えても、教えても、只、聞いているだけでは覚えません。それを本当に自分がそれを習おうと言う気になればです。その代わり10日間位掛かりましたでしょう。やっぱり、あの舞一つ覚えるのに、なら、いくら爺さんじゃたっちゃ、爺さん、あんたが踊ってんの、と孫から言われたっちゃ、踊りきらん。ね、稽古せんからですばい。ね、みなさんでもそうです。だから、本当にね。稽古しなければだめです。ね、ここには信心の稽古に来る所と仰るですから、本当に稽古に来る。只、聞いておるだけ、見ておるだけではね。上達しません。そして、いよいよ、皆さんのね。願い。あー、神様の願である。ね、こらはもう、教祖の神様が仰っておられたと言う、今日のお祭りの中に申しました。小倉の初代、桂松平先生が、これは念願でおありになったと言う、この名教を世界万国津々浦々に広げんという祈りを持っておられた。ね、又、最近分らせて頂く事は、教祖金光大神が世界を包み回す、その世界を包み回されるご用を、いわば、小倉の初代、桂松平先生が願っておられた。万国津々浦々にお道の信心をと願われる。それを、合楽では、合楽理念に基づくね。海外布教を願わして頂いておるので御座います。
しかも、それを、今、申しますように、過去数千年のまぁー、私が又怒られるかも知れませんけれどもね。みんなが、お釈迦様やら、キリスト様が絶対なものにしとるから、いつまっでん分らんとよ。教祖金光大神の信心がもう絶対ね。絶対なもんじゃないです。絶対なものは、教祖金光大神が天地金乃神様より受けられた信心。いわゆる、宗教なんです。天地の親神様が直接にお示しになったみ教え、これであって絶対なんです。ね、所が、
それが、あまりにも漠然というか見易うというか、分り難いというか、色々なのを、いま、合楽ではです。ね、それをいよいよ深く、広く誰でも行じられるように、和賀心になる手立てを、ま、言うならば、皆さんに聞いて頂いておるわけでございますから、皆さんも本気でその気にならなきゃいけん。先日、高橋正雄先生のお言葉と頂きましたがです。ね、姫路教会が焼け野原になった時に高橋正雄という偉い先生がおい出られてから、そこに書いたものを置いて帰られた。それには、「道 必ずあり」と書いてあった。道は必ず開けるとは言うては無かった。道 かならず ありである。だから、その道を先ずは習わなければならない。習うただけではいけない。それを行じなければ、いうならば、いけない事が分るでしょう。合楽では、その、いうならば、あらゆる様々なおかげの道を説いておるのです。ただ、どうぞ、どうぞ、だけでおかげを頂くという事がありますけれども、それではね。年を取るに従って淋しうなる。わたしは信心が賑やこうなり、有難うなり、これが信心の位というのであろうかと思われるような位を頂いて行く為には、いよいよ、信心の、言うなら、働きと言うものが大きくならなければならん。だからこそ位を頂くのである。
小さい祈りから、いよいよ、大きな祈りが切実に願われる。いうなら、寝ても覚めても親の為ならば、もう、それこそ、親が死んだあ来る日、私が元の木阿弥になってもよいと思うた。その切実心を、今は、天地金乃神様の御心に添い立て奉りたい。ね、いわゆる、天地の親神様の手にも足にもならせて下さいと言う願いに、これ、言わば、願いに明け暮れておると言うのが、今日の私の信心です。ですから、あんまり大きいから、こう、馬鹿かんごたる所がありますもんね。(笑い)あれはヌケとるとじゃないです。(何十秒か沈黙)四神様の御祭り、3代金光様の御祭り、ね、二柱の霊様の、神様は、九州の大恩人、又は、合楽教会にとっても、三代金光様おあしなさらなかったら、今日の合楽は開いてないかもわかりません。という程しの、まぁ、大したお二柱の御祭りですけれども、私はただ、四神様のお祭り、三代様の御祭りとだけ、本部あたりは報徳祭を、全部の偉い、あー、亡くなられた先生方の慰霊祭も一緒になさいますけれども、それも良いでしょうけれども、私は、どうしても、あの御祭りは春 夏 秋 冬、冬なからなければいけんから、夏の、言わば、祈願祭は夏の御大祭、冬のこの報徳祭は冬の御大祭として、頂きたい。ただ、あの御二柱だけの御祭りではなくて、冬の御大祭と言う事になると、もう少し思いが込められるような気がするんです。冬の御大祭、段々そう言う風に呼ぶようになるのかもわかりません。内容は、言うならば、二柱の大恩人の霊様達に対する所の報恩の御祭りですけれども、恩に報いると言う事は、言うならば、神様に、お二柱に喜んで頂くということである。喜んで頂くと言う事は、御祭りが、内容が、いよいよ、大きなものになって行くと言う事だという風に思うんです。ですから、冬の御大祭と言う風に、私は、あの、まぁ、呼びたい、思いたいね。それが、私は、お二柱に対する、言うならば、報恩の、いうなら、真が現されて行く事になるのじゃないかと言う風に思います。
有難うございました。